7月13日(月)
手術当日の朝を迎える。下剤の効果は現れないようだが,どっちみち
浣腸 するのだからどうでもよい。
予想通り,昨夜の担当だった男性看護師の西さんが
浣腸 を持ってやってくる。
浣腸 というから,イチジク
浣腸 のようなものをイメージしていたが,とんでもない。その数倍はある巨大な
浣腸 である。西さんにベッドに寝るよう指示される。西さんは
「以前はトイレで
浣腸 できたんですけどね,厚生労働省のお達しで,ベッドでやらなくちゃいけないという決まりになっちゃったんですよ。」
と申し訳なさそうに言うが,トイレの個室に男二人がこもって,どういう格好で浣腸するんだ? おぞましい光景が脳裏をよぎる。ベッドでやる方がまだマシだ。厚労省もたまにはいい仕事をするではないか。
横向きに寝たが,西さんを見るとベッドの足下に突っ立っている。不思議な間が一瞬空いてから,「あっ」と気づいたような感じで,西さんはベッドサイドに移動してきたが,もしかして,ワンちゃんポーズとか赤ちゃんのおしめ替えポーズで入れてくるつもりだったのか?(゚o゚)
横向きの状態でパンツをずり下げ,後ろからズブリと管を入れられる。潤滑ゼリーのようなものが塗ってあるので,挿入の際の痛みはない。そこから一気に薬剤を注入される。
∑(´□`;) ヤメテー!!
最高に気持ちが悪く,腹の力は意識的に抜いているが,膝から下はジタバタと空を蹴る。注入の勢いが止まったので,終わったかと思ったら,
「もう,3分の2くらい入りましたからね」
というお言葉。まだ3分の1も残っているのか。(;´_`)
やっとの思いで全部入れ終わるやいなや,猛烈な便意が襲ってくる。慌ててトイレまで走る。∥wc∥ o(≧∇≦o)))) =з =з =зモレルゥー!!
私は走れるほど元気だからいいが,ゆっくりとしか歩けない病人だとかなり辛いだろう。走りながら,もし個室が埋まっていたらどうしよう,という恐怖に襲われたが,幸い空いていた。今度やらなければならなくなったら,個室が空いていることを確認してからするようにしよう。
なるべく出すのを我慢した方がよいと言われてはいたが,我慢なぞできない。すぐに出すが,出てくるのはほどんどが浣腸液で,肝心の便はカスのようなものがちょっと出るだけ。昨日の下痢でほとんど出し切ってしまったので,無理もない。
病室に戻り,戦果を西さんに報告する。「ではもう一度」などと言われることを内心恐れていたが,幸い,これで無罪放免となる。何だかこれだけでもう一仕事終えたような感じで,疲れてしまった。我が浣腸童貞卒業記でした。
手術の前には,麻酔前投与薬というのを注射されるという病院も多いが,私にはそういうのはなかった。この麻酔前投与薬というのを打つと,フワーッといい気分になり,人によっては依存症になってしまうほどだと聞いて,ちょっと楽しみにしていたのだが,残念。
午前7時を過ぎると,家族らもやってきて,持って帰ってもらう荷物の整理を済ませたりしていると,あっという間に8時になり,看護師さんが手術室へ向かうよう呼びにくる。
手術室に向かうときの心境として,ネットの体験記で「全く不安がない」というような記述を私自身が読んでいた頃は,「本当かなあ?イキがっているだけと違うかなあ?」などと思っていたが,実際自分が体験してみると,全身麻酔下で心臓を止めるという体験に対する好奇心で,少しワクワクした感じである。
ワクワクした気分といっても,仮に神様に
「手術なしで治してやろうかと思ったんだけど,ワクワクしているなら余計なお世話かな?」
と言われたら,
「いやいや,是非手術なしの方でお願いします」
と答えるだろうから,全面的に楽しみにしているというわけではないが,全面的に嫌というわけでもない。
例えば,宇宙飛行士が事故死する確率はWikipediaによれば2%だそうである。(http://ja.wikipedia.org/wiki/宇宙開発における事故) もし,
「2%の確率で死ぬけど,それで良かったら宇宙旅行に連れてってあげる」
と言われたら,喜んで行くだろう。今回の
僧帽弁形成術 で死ぬ確率は1%弱なので,宇宙旅行よりかなり安全だ。楽しみも宇宙旅行に比べて遙かに小さいが。それでも好奇心があるため,楽しみが全く0というではないので,このときの気分は,「楽しみがう~んと少ない宇宙旅行に出発する前の気持ち」とでも表現したらよいだろうか?
手術室へは,看護師さんに連れられ,パジャマにサンダル履きという普段の格好で歩いて向かい,途中,エレベータ前のソファで待機している家族ら(病室は狭く,大人数がたむろしていると迷惑なのでここにいた) と別れ(手術室前までは同行できるのだが,動くのが面倒臭かったらしく,ここでの別れとなった),エレベータを降りて手術室の扉を開けて中に入ると,もう一つ扉があった。二重扉になっている。その2つの扉の間の広いスペースに丸椅子が置いてあり,そこで座って待つ。すでに先客が何人かいるが,一様に無表情で不安は読み取れない。これからその身を切り裂かれる人間が集まって皆平然としている風景というのも不思議な感じがする。
しばらくすると,手術室の看護師さん(麻酔科医だったかもしれない)がやってきて,病棟の看護師さんから,私の身柄を引き継ぐ。この手術室の看護師さんに連れられて,二重扉の奥の扉の中に入っていくと,廊下の両側にズラッと同じような手術室が並んでいて,その中の一つの手術室に入っていく。当然,まだ執刀医の仁田先生はおらず,見覚えのある顔もない。機材を準備する金属的な音がするのみで,皆黙々と働いている。
手術台の傍に籠が置かれており,ここでパンツ1枚を残して全て服を脱ぎ,手術着を羽織り,手術台の上に横になる。例によって,生年月日を聞かれて本人確認をすると,電気メス用の極板やら何やらを体にペタペタ貼っていく。腕には麻酔薬を注入するための針が入れられる。知らないうちに眠らされてしまうのは嫌だったので,麻酔を入れるときは言ってもらうように頼んでおく。
しばらくして
「じゃあ,これから眠くなる薬を入れていきます」
と言われ,術前の麻酔科の説明で結構痛いと聞いていたので,身構える。かなりの勢いで注入されるが,冠動脈CTのときの造影剤の注入の勢いに比べればおとなしい方だと思う。痛みの方は,身構えたせいかそれ程でもない。
この麻酔薬の注入の際,なぜかアメリカの薬物による死刑執行が思い浮かび,「これが死刑執行の瞬間だったらどんな感じがするのだろう?」などと一瞬考え始めたが,当初の予定通り,夢を見たらその夢を覚えておくという事に一点集中することにする。
麻酔薬が首筋をあがっていく感覚がわかり,「あれ,意外に麻酔が効くのは時間がかかるんだな」と思った次の瞬間,意識が消し飛んだ。
よくドラマなどでは,全身麻酔の導入時は,視界が段々ぼやけてきて徐々に意識が薄れていくというようなの演出上の表現がされるが,実際には,明瞭な意識が突然,パチンとスイッチを切られるようになくなるといった感じだ。ただし私は,経食道エコー検査のときの精神安定剤の点滴でさえ,同じように瞬間的に眠りに落ちたので,麻酔が効きやすい体質なのかもしれない。
静寂に包まれた真っ暗な場所で,突然,ドンチャン騒ぎが始まった。
「うるっせーなー,何なんだ?」
と思い,そちらの方に意識を向けると,私の名前を呼んでいる。
「あ,そうか,手術が終わって,家族が俺を起こそうとしているんだ」
と気付く。
私は普段,電車の中などで熟睡してしまうと,起きたとき,ここはどこなのか,今,仕事に向かっているのか,仕事から帰る途中なのか,仕事中の移動なのか,プライベートな時間なのか全く分からないという状態に一瞬なることがよくある。全身麻酔というのは,この電車中の熟睡よりも深い眠りに落ちるのだから,麻酔から覚めた瞬間は,自分でもしばらく状況を飲み込めないという風になるかと思っていた。
「キチンハートさん,わかりますか? ここは病院ですよ。手術が終わったんですよ。」
などと言われるのかと思っていたのだが,このときは,なぜかすぐに状況が理解できた。
そこで,目を開けようとしたが,その瞬間,強烈な光が差し込んできて,眩しくてとても目を開けられない。そして,気管に挿入されている人工呼吸器が鬱陶しく,「早くこれ,外してくれないかな」と思っているうちに再び眠りに落ちてしまった。
後で聞いてみると,これは午後4時か5時頃の話で,私は家族らの呼びかけに対して,「わかった」というように頷いていたそうである。
残念ながら,手術中に夢は見なかった,あるいは見たとしても覚えていなかった。
次に目が覚めたのは,上のように乱暴に起こされたわけではないので,起きたときの記憶は曖昧である。午後8時から10時くらいのことであったろうか? ICUは個室だった。
「これから(人工呼吸器の管を)抜きますよ」
と言われて人工呼吸器の管が抜かれたような気がする。人工呼吸器の代わりに酸素マスクをつけられる。こちらの方は鬱陶しいどころか,蒸気を含んだ空気が心地よい。
看護師さんに何事か話しかけた。すると,どこの爺様がしゃべっているのかというような,聞いたこともないようなしゃがれ声が自分ののどから発せられ,驚いた。嗄声(させい)というやつだ。術前に説明を受けていたが,人工呼吸器の気管内挿管によってのどが少し傷ついたようだ。初めは声が出しにくかったが,1時間ごとに回復していき,朝にはほぼ元通りの声に戻っていた。
意識がはっきりと戻ったので,まず,手足を動かしてみる。大丈夫,問題なく動く。次に頭のチェックするために計算をしてみる。
12×12=(12+2)×10+2×2=140+4=144
13×13=(13+3)×10+3×3=160+9=169
「いいぞ,できる。」
14×14=(14+4)×10+4×4=180+16=226
16×16=(16+6)×10+6×6=220+36=266
「あれ?何か違う。どうも繰り上がりが出てくると間違ってしまうようだ。ということは,短期記憶力が落ちているようだ。もしかして
ポンプヘッド !?」
と一瞬不安になったが,考えてみれば,まだ
痛み止め の麻酔も効いていることだし,少なくとも,間違っているということに気付いているのだから大丈夫だと思うことにした。それにもちろん,
ポンプヘッド というのは,一度認知機能が回復した後で,再び認知障害に陥るというものだから,こんな短期で判断できるものではない。
せっかくだから,最近覚えた般若心経を暗唱してみるが,ちゃんと覚えている。記憶に刻む(銘記)能力は(一時的だと思うが)落ちているが,記憶を引き出す能力の方は大丈夫みたいだ。
そういえば,手術後だというのに
痛みがない 。手術後の痛みは大したことはないとは聞いてはいたが,それでも胸骨を真っ二つに切って,押し広げ,心臓を切り刻んでいるのだから,それなりの痛みはあるだろうと覚悟していた。しかし,誇張表現でなく,
痛みは全くない ,0である。もちろん,
痛み止め が効いているおかげであるが,それでもこんなに痛くないとは驚きだ。
痛みは,切断した胸骨部分よりも,胸骨を押し広げた歪みの影響を受けて,背中や腰の方が痛くなるとも聞いていたが,その痛みもない。全くの
無痛状態 である。
痛みは若い人ほど強く感じるということをどこかで読んだような気がする。ここまで痛くないのは,自分が老化しているせいかと,贅沢な落胆をする。
肝心の心臓であるが,心臓移植を受けたような感じとでも言おうか,痛みや苦しみは全くないが,何かまだしっくりなじんでいない感じで,力みかえって一生懸命動いているといった感じだ。心拍数は50bpm(bpm=beats per minute=回/分)程度で,少し遅い。ということで,体外式ペースメーカーで80bpmにする。80bpmというのは少し速い気がするが,手術後はこれくらいが理想のようだ。
心臓手術体験記のほとんど全てで述べられているように,のどの乾きを感じる。ただ表現としては,のどが渇くと言うより,体全体が乾くと言った方がぴったりのような気がする。看護師さんに「水が飲みたい」というと,案の定,今は駄目という返事。水がもらえるとは初めから思っていなかったのだが,代わりに氷を口に含ませてくれるかなと期待していた。しかし,「明日の朝,先生の許可が出るまでは我慢して下さい」とのことで,氷もなめさせてはもらえなかった。ただ,のどが乾くと言っても,真夏に運動した後ののどの乾きほど強烈な乾きではない。
その後も眠るが,看護師さんが頻繁に色々なデータをチェックするので,度々目が覚める。この部屋には時計がなく,時間が分からないので,目覚める度に看護師さんに時間を聞いていた。
この夜のことは,麻酔がまだ効いていたせいか,記憶が断片的で,覚えているところとすっかり抜け落ちているところがある。
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